まだ残ってた!?

以前作ったブログ、いまはTwitterFacebookメインでずっと放置していた。最後の更新は3年前か……。

ThinkPad X201sのキーボードでエントリをしているけど、いま更新しているPCはX220だ。3年間でPCも入れ替わった。仕事も変わった。乗っているバイクも変わった。引っ越しもした。いろいろ変わった……ハズ。

周りの人も、置かれている環境や考え方が変わったように感じる。じゃあ、不変で変わっていないのはどこだろう。
変わることに対しての不安? それとも変わらないことに対しての不安だろうか。

ThinkPad X201sのキーボードを入れ替えた

もともと42T3671がついていた私のThinkPad X201s。ところが、使っているウチに右Shiftキーのキートップが外れて戻らなくなってしまった。特別、指ではじいたりした訳ではないので、サポートセンターに事情を説明したら交換してくれるとのこと。ただ、あいにく在庫がないので交換品を送るのに2週間ほどかかってしまうという。

さすがに仕事でつかっているのでそれは痛い。仕方なく、秋葉原若松通商で急きょ購入したのが42T3737だ。





こっちが42T3671。ミネベア製?





で、こっちが42T3737。chicony製らしい。ビスの受けの形状が42T3671と違う。また、こちらはトラックポイントの基盤が金属テープでシールド(?)されている。


使ってみての印象は、42T3737のほうがカチャカチャとした印象。対して、42T3671のほうがしっとりとしているというか、キーを押したとき感触が明確な印象。交換品の42T3671が届いて入れ替えてみて、その印象はさらに強くなった。好みとしては、42T3671の方が好み。
もっとも、ここらへんは「個人の好み」という一言で言い表せてしまえる領域であり、今回のようなトラブルが無い限りわざわざ交換してまで確かめるほどでもない。私も、引き続き42T3737を使っている。

こういう交換部品が充実しているのは、ThinkPadの大きなアドバンテージだ。維持するコストは高いだろうが、なんとか続けていって欲しい。

GRが好きだ


GRデジタルIIIを先日購入した。

その前に使っていたGRデジタル(初代)は3年間にわたる酷使に耐えてくれたが、その間、数度にわたり銀座サービスセンターの門をくぐるハメになってしまった。それでも使い続けていたのは、GRデジタルのデザインやインターフェースなど、一切合切ひっくるめて使いやすかったからだ。

もともと銀塩時代からGR1を使っていた私にとって、手に取った感触がGRであるというだけで十分な購入対象だったワケで、さらに絵作りが素敵だったのだから言うことはない。高感度は砂嵐のようになって使い物にならないし、クソ遅いRAWファイルなんてあるだけ無駄だったが、それでも使い続けていたのは愛用にたる道具だと手が覚えていたからなのだと思う。


そんなGRの最新機種、GRDIIIをようやく購入した。その前に初(はじめて自分で購入した)のキャノン機となるPowerShotG11を買ったり、ツーリング用に耐衝撃耐水のW90を買ったりもしていたが、やっぱりGRじゃなきゃダメだった。

G11については以前書いた通り。非常に使いでのあるカメラで、これがあれば一眼レフが無くても十分取材ができる。カメラバックに入っていて、こんなにも安心できるサブカメラは他にちょっとない。

何といってもオートで外さない写りはありがたい。しかも、マニュアルでも撮れるのだ。ちょっと薄暗いところでどうしても撮らなければならないとき、オートでの露出が不安なときには手であわせたほうが早い。そういう、やりたいことに十分ついてきてくれる素敵な機種だ。

……とはいうものの、どうしてもしっくり来ない。理由をうまく言い表せないのがもどかしいのだが、使っていてたのしくないのだ。正確には、手の中でごろごろさせて気持ちよくない……何を言いたいのか自分でもわからないな。

とにかく、自分の手になじまないというか、いい道具だけれど自分の物には絶対にならないような気がして仕方がなかった。

そういう訳で、いろいろ遠回りしたけれど結局買ってしまったGRDIII。長くつきあえる相棒になってくれると良いのだけれど。

この感情は失恋に似てる

 ちょっと昔話。

 とある大型タイトルの発表会があったときに、ちょうど立ち上げたばかりの私が携わっている媒体は呼ばれなかった。理由はわかんない。発表会をやることを業界の仲間から聞かされて、もしかしたらこちらが見落としているのではないかと慌てて連絡をしたら、

「発表会をやることは事実だが詳細は教えられない。ご連絡を差し上げていないのは、すなわちそういう意味だととらえてください」

 と、つめたく言われたのを覚えている。
 その後、発表会終了後に届いたリリースを記事に起こすときの悔しさといったら……。その日の帰り道、あまりの悔しさに泣きながら帰ったのを覚えている。“いいおっさんが悔し涙とかワロス”と自分でも思うが、あのどんよりとしつつどこにもぶつけられない感情の大きさは、今でも克明に覚えている。

 「実績のない媒体なんぞ呼ぶわけねーだろ、身の程を知れ」というメーカー側の思考も理解できるが、あのときは納得はできなかった。今でもしていない。島本和彦的にいうと、「わかってはいるが、わかるわけにはいかん!!」という感じか……ちょっと違うな。


 まあ、その大きなぶつけるとことがよく分からない感情を糧に、私はその媒体を影響力あるものにしようといろいろ画策した訳だが、それはまた別の話。


 なんでそんな昔話を思い出したのかというと、ある大型タイトルのイベント後追い記事で、その(メーカー側の)扱いに如実な差を感じたから。そのタイトルをプッシュしてた媒体は他にもっとあるのに、素材をもらえたのは限られた媒体のみ。メーカーがどこを取り込みたいのかよく見える。

 でも、そのタイトルをずっとプッシュしてて今回ハブられた媒体の担当者たちはどんな想いをしているんだろう。もちろん、限られたリソースを効果的に活用しなければならないメーカー側の事情もよく分かる。てか、ビジネスだもん、常に選別されるのは当たり前だろう。


 そうだとわかっちゃいるんだが……うーん。

radikoのサービスがはじまった

 ラジオのサイマル放送がとうとう始まった。まだ関東近県だけだけど、いずれ全国、そのうち全世界に広がっていくことだろう。TVよりはラジオの方がメディアとして好きな私にとっては、非常にウレシイサービスだ。ノイズ混じりの番組ではなく、クリアな音で好きな番組が楽しめるというのは、やっぱりウレシイ。これを機会にラジオを聞き直したという人もでてくることだろう。


 ……なんて書いてはいるが、このエントリはradikoが素晴らしいという話ではない。これがきっかけで昔のことを思い出したというおっさんの話だ。


 私の家の近辺では文化放送が致命的に入らない。なんというか、とにかく入らない。だから、文化放送がアニメ系の番組を増やしてきた1990年代とかはスルーしていた。別段、聞きたいとも思わなかった。
 当時からヲタだった私だけれど、ラジオはニッポン放送のほうが面白かったし、ちょっと尖った番組はNHKのほうが多かった。吉田照美のテルテルワイドより、三宅裕司にヤンパラの世代で洗礼を受けていたわけだ。

 だけれど1990年代半ばに就職をし、仕事が忙しいときの帰りの車で聞いた「走れ! 歌謡曲」衝撃的だった。それは、普段聞かないからという理由でたまたま付けただけだったのだけれど、その番組のDJの透き通った魅力的な声に、一発で参ってしまった。

 結局、「走れ! 歌謡曲」は熱心なリスナーにはならなかったけれど、彼女の声は忘れられなかった。
 だから自分が携わったゲームに登場させるラジオDJ役が必要だってときは、真っ先に彼女を指名した。職権濫用ととらえられてもかまわない。でも、厭戦放送のDJという、敵方だけれど惹かれずにはいられないという難しい役をやれるのは彼女しかいないと思っていた。育ちの良さを感じさせつつも、小悪魔的な魅力を放つ声色は、それだけで十分な説得力を持つと思っていた。今も思っている。

 結局、彼女にお願いするために、そのゲームの声優は彼女が所属する事務所にまるごとお願いすることになってしまった。もっとも、彼らの協力により素晴らしいキャスティングが実現できたのは、感謝してもしたりないくらい。ああいう、泥臭い雰囲気が表現できたのは、彼らのおかげに他ならない。

 閑話休題

 そんな彼女が、着実にキャリアを積み人気声優の入り口に立ったころ、病魔に冒されて入院……そして帰らぬ人となってしまった。もう10年が経つ。

 短い間だったけれど、彼女が演じた芝居に胸を打たれ、いまだに忘れられない人たちがたくさんいる。僕も覚えてる。この想いは、どうしたら届けることが……いや、もう無理なのだ。

 「走れ! 歌謡曲」という番組のタイトルを聞くたびに、そんな春愁の想いにかられる。そして、これからもずっとそう想うんだろう。
 だけれど、私にできることは忘れないでいることしかない……それしかないんだけれども……。

PowerShot G11がやってきた




 昨年末に愛用のGRデジタルの液晶がお亡くなりになり、しばらくはE-P1をお散歩カメラに使っていた。
 大ヒットだというE-P1は人のウケはいいものの、メニューをはじめ使い勝手にクセがあるのも事実。パンケーキレンズとのセットを買ったけど、このレンズも色のノリは悪くなくボディとのバランスも良かったけれど、何となくシャープさにかけて眠い描写が気になっていた。
 質感の高さと吐き出すデータの素性の良さは気に入っており、かなり満足しているものの、人にはちょっとお勧めできない……そんな機械がE-P1だと思っている。

 結局、Fマウントアダプタをつかって昔のニッコールレンズで遊ぶことが多くなり、毎日持ち歩いてスナップを撮ったり、仕事で使うといったことはしなくなっていた。

 そんなワケで、つぶしの利くコンパクトが欲しいなあ……常々そんなことを思っていた。GRD IIIを買うのが一番倖せになるのはわかっている。リコー伝統の使えない高感度が劇的に改善されていて、しかも明るいF1.9のGRレンズ。あぁ、使ってみたい。
 とはいえ、最安でも5万5000円前後という金額は、ちょっとキツイ。5万切ればイキオイでポチってしまうこともあるだろうが、まだかろうじてワタシの理性は「おまえ、そんな余力ねーだろ」と、冷静な判断を下していた。

 とはいえ、取材の仕事でコンパクトが無いのは怖すぎる。メインの一眼レフがコケたときにリカバリーできないのは、2度目がない取材では致命傷だ。でもボディを2つもって歩くほどの元気もなく、使いでのあるコンパクトカメラの導入が必要だった。

 そして見かけた、PowerShot G11。なんと4万を切る価格で売られているではないか! G10の時は、ここまで値段下がるの、こんなに早かったけか。まあ、今求めている要求にばっちりな機種であるワケで、思わずポチってしまったという次第。(なげーよ)


 一通り触って見ての印象は、「すげーよくできてる」。バリアングルファインダーは使いやすいし、光学ズームの領域も十分だ。写りもいい。カメラ然としたスタイルと質感は、所有感も満たしてくれる。
 下の写真は、E-P1+マイクロニッコール 105mm F4とPowerShot G11の画像を等倍で切り出したもの。アスカカワイイよ、アスカ。




E-P1+マイクロニッコール 105mm F4 ISO200 F4 1/4




PowerShot G11 ISO100 F4 1/4 -1EV

 画素数の違いによる大きさの違いはカンベン。マクロは結構がんばってる。1/2倍とか求めなければ、十分だ。





PowerShot G11 ISO100 F4 1/4 -1EV

 色のノリかたはキャノンらしいハデ目なもの。赤つええなあ。こっから更にこってりした色彩にできるモードとかあるのは、やり過ぎじゃね? と思う。正直、あんまり好みじゃない。

 とはいえ、かなり使いでのある機械。これでしばらくは戦える。がんばって稼がねば。

前の職場の同僚が転職するという

 前職の同僚が退職するらしい。若くて実力もある彼が居なくなることは、会社にとって大きな損失だろう。

 結構ヒドイ辞め方をした会社だったが、サービスを支えていた人たちはみな有能だった。私が投げ出してしまったサービスを構築したのは、彼の前任者だった。まだ立ち上げて間もないサービスで暫定な仕様が多々あり、「これだったら1から作ったほうが楽だ」と思っていたに違いない。

 でも、彼は前任者がやろうとしていた意志をくみ取り、私が投げる無理難題をこなしつつ、自分がステキだと思うアイデアを投げ返してきてくれた。彼のアイデアに、何度助けられたことだろう。

 ちょうど2年ぐらい前に、その会社は社長が更迭(外資の会社だったのさ)……社長の人柄についていた人たちが、だだだっと抜けた時期があった。彼も色々な会社や人から、「こっちにこいよ」と声がかかっていたが辞めなかった。
  場当たり的な対応しかできない経営陣に操を立てても仕方がないじゃね? と聞いたことがあるが、その時彼は

「何かここで残さなきゃ、次にいけない」

 と、ちょっと恥ずかしそうに答えてたのが、いまでも印象に残っている。

  その彼が、あたらしい場所へ行くという。その新たな場所は、そのジャンルでは最大手のウェブサービス。新しいアイデアが日々投下され、それを求めて多くの人が訪れる。 アイデアマンの彼のことだ。きっと新しいサービスでも、みんなを喜ばせるアイデアを出してくれるに違いない。

 そして、転職を決意できた理由……何を残したのか、彼に今度会ったら聞いてみたいと思う。